| 人生を取り戻す 大地と月と豊かさについて 2007年のヴィジョンとプロジェクト カルロペトリーニ |
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- 種子 行政レベルでスローフードが立ち上げた戦いで、コンヴィヴィウムやコミュニティのレベルで実行されるべきものは、生産者に対する種子の権利である。地域行政に関心をもたせるように働きかけながら、遺伝子組み換えに対して再び力強くNOということである。また生物多様性の基礎を脅かす、工業化された農業製品の侵略を受けない権利を保証するものでもある。この問題はすべの社会に共通なものであり、北世界ではすでにこの邪悪なシステムによる被害を見ることができるが、南世界のコミュニティは、さらにドラマッティックな影響を受けようとしているところである。 ヴァンダナ・シヴァの告発を思い起こしている。インドの生産者の中で、多国籍企業が販売した種子や肥料を買った借金を払いきれなかった何万人もの自殺者が出ているという。ヴァンダナが、スローフードも加入している種子の将来のためのマニフェストの提唱者の一人であることは偶然ではない。これはスローフードも参加している「食の未来のための国際委員会」によって実現されたものである。この宣言文は我々のものである。このような愚行に対して、生物多様性、人類、生産活動の心に対する愚行、日常的に続く愚行に対して常に備えなくてはならない。 地方コミュニティは、種子に自由にアプローチする権利と、コミュニティに適した農業形態を選択する権利を保証しながら、地域のアイデンティティの旗印のように、地域の生物多様性と、それを利用することに対する権利を守るために努力すべきである。これは世界の食の主権と自由を守るための中核をなす議題であり、疑いなく我々の理想である。 - ミクロ財政 貧しい国の活動を支援するために、プレジディオは食コミュニティへのサポートとなり、おいしく、クリーンで、正しい、農村ミクロ経済の解放を表す。我々の協会のもう一つの役割として、地域経済を視野に入れて、コミュニティの本当の発展を実現してくれるような貸し付けの方法、ミクロ財政、倫理的銀行システムに向かわなくてはならないと思っている。まだ議論の余地のあるデリケートな案件ではあるが、我々が言っているようなことを実現するには、欠かすことのできないものである。コミュニティの自給自足を目指すべきである。袋小路から抜け出し、各種財政アシストを受け、ネオ植民地主義から抜け出すのである。代替財政システムをネットワークの中で発動するというのは、革新的な解決になり得るだろうが、まだどうやって可能になるか研究しているところである。 確固としたアイディアと計画をもって来ていただきたい。他のどのアソシエーションもそうであるが、外部から資金協力を得てプロジェクトを立ち上げ、その地域から引き上げなくてはならなくなると、プロジェクトは衰退し、コミュニティを以前と同じ困難な状況にしてしまうような状況は好ましく無い。地域コミュニティによって形成されたネットワークを目指し、我々が理解しなくてはならないのは、連帯関係と財政の新しい形体をたどりながら、我々が主張して行かなければならない、いくつかの点があるということである。団結心と呼応するような返還の法則、市場原理の犠牲になったために、言ってみれば一種の植民地主義によって、困難に遭っている人々に利益を配分すること。つまりは良き隣人の原則ということである。この原則は地域コミュニティを際立たせてくれるもので、ネットワーク全体に広げられるべきものである。(収穫が終わった家族は、すぐに無償で他の隣人を助けに行った。これがコミュニティというものである。これが良き隣人というものである。W.Berry) 最後に付け加えるならば、持続性のある活動に投資するために貯金をする者に対して、個人的な見返りを保証するために、倹約の豊かさを尊重すべきである。 これはInvestors Circle がスローマネーと定義したものである。持続性のある投資法で、エコロジーだが生産性のある方法であり、まさしく我々が必要としているもので、コミュニティが与えることができるものである。「資金を大地に取り戻さなくてはならない」これは文字通りの意味でも比喩でもある。コミュニティは自分の脚で歩んで行かねばならない。我々の介入は次の目的にのみ行われるべきものである。つまり我々は富裕な西洋世界において、団結して頑張っているところを見せるための慈善活動や、見てくれの良いプロジェクトはやろうとしているのではない。他の文化を尊重する本当の連帯感、保証された未来のための堅牢な基盤を提供するものである。 - コミュニケーション 内部でコミュニケーションをしないネットワークは存在しない。コミュニケーションは内部機能を保証してくれ、外部に向かって組織の強さをアピールするために不可欠なものである。知の流通のための民主主義的ツールのために、情報機器への初歩訓練のために、マルチメディア・アーカイブのために尽力しなくてはならない。これは知の対話を助けてくれるだろう。それに加えてコミュニティが開かれたものにしてくれるだろう。コミュニティがより持続性のある、交換と商業活動を創出するための手助けとなるだろう。コミュニティがコミュニケーション手段にアクセスすることに手を貸そうではないか。「デジタルの壁」をなくすために努力しようではないか。 テッラ・マードレのサイトに開設されたブログは、高い潜在力を示してくれた。民主主義的な方法でこの新しいツールを使うことができるのであれば、誰も除外されないように気をつけながら、すべての可能性を探求しようではないか。それとともに他のコミュニケーション方法も捨てないようにしよう。口頭のコミュニケーション、直接の会見などである。ネットワークは、もちろんその内部における情報流通を促進しなくてはならないが、同時に意見交換、会見、握手によって食品や人間をプロモーションするべきである。 上からコミュニケーションされるシステムを考えてみよう。それはスローフード・インターナショナルの組織からで、共通の活動をコーディネートすることを目的としており、全員にとって重要な情報を波及させる共鳴箱のような役割をする。そしてコミュニティ世界からの下からのコミュニケーションが存在する。そこでは問題が提起され、話をしてくれ、人を招集したり、生産物を提案したり、古の知識を記録し、農民世界の現実について、最も大きな世界的情報サービスをしてくれるだろう。これにはPCやマルチメディアのコミュニケーション・ツールが使われ、誰にでもアクセスできるようにする。でもこれは電話でもFAXでも、ジャングルの中を往来する手紙でも、出会ったときの笑顔でも実現可能である。 - 食科学大学 国際大会への技術的な提案をする前に、最後に付け加えたいのは、スローフードによって強く希望され、着想されて、行政と個人スポンサーによって実現された、食科学大学である。世界中からの学生を迎えて、この国際大学は3年目を迎えたところである。この大学の中では、学際的な新しいガストロノミーを学ぶ。それは我々が提唱するような、おいしく、クリーンで、正しいものを指向している。ここに通う250人の学生たちは、素晴らしい経験を積み上げているところである。古典的な学習に加えて、革新的な実習を実験しているところである。実現には協会が地域的なサポートをしてくれた。すべてのコミュニティが協力するのは彼らの任務となるだろう。それによって生産者や地域やコミュニティについてダイレクトに学ぶことができるようになるだろう。 人材育成への新しいアプローチも大切である。これは古典的な大学システムを覆すように我々が仕向けて行くものだが、特に我々の運動に対しても、人材という根本的な資源となってゆくようである。協会はこの若者たちに大いに関心を持たなくてはならない。その中に国際運動のための新しい良い人材を見つけだすのは難しいことではないだろう。スローフードが存在する国からの学生でも、存在しないところからの学生も、多くの学生たちが大学を終えて自国に帰って行き、スローフードのために尽力することを考えている。つまり自国でスローフードをやりたいということである。これは朗報であると思う。協会はこの若者たちを受け入れるために最善を尽くさなくてはならない。なぜならばこれらは情熱をもった何かをしようとしている若者であるだけでなく、高度な教育を受けて、我々の目標に完璧に同調しているからである。食科学大学は我々にとって戦略的なテーマである。そこでは注意をもって将来の国際運動の、または国内組織の未来のリーダーを見つけ出すような重要な場所である。 8) 2007年メキシコ国際大会を前にして 今まで述べたことを念頭に置いて、将来運動は2つのレベルで発展すると考える。国際レベルであろうが、地域レベルであろうが、地域の個々の組織であろうが、上部組織によって適切に指導され刺激される。新しいガストロノミー、「おいしい、クリーン、正しい」の追求、自然の地域経済、コミュニティ、ネットワークそのものも、我々がこれから機能させてゆく、ネット上のポイントなのである。 国際運動の責務は、国内組織をまたは結果的にコンヴィヴィウムを刺激し、メキシコ大会後からは正しいツールと適切な条件を提供することで、これらの指示を実行させることにある。国際大会ではここで取り上げたようなテーマのすべてが討論され、着手されることになる。根本的な重要性をもつ技術的な問題提起をいくつかしてみたいと思う。それは権威主義的でない、フットワークの良い、軽い組織をどうやって実現するかという案件と、そのいくつかの機能ツールを見つけ出すための具体的な提案をしたい。 - コンヴィヴィウムかコミュニティか? 私がここまで支持して来たように、これは形式的な意味論であるということだったが、ここまで書いたことと照らし合わせると、深い内容をもったものにもなってくる。根本的な疑問は次のようなものである。「おいしく、クリーンで、正しい」地域経済という目的に対して、我々がなじんでいるようなコンヴィヴィウムだけで対応できるかということである。世界のコンヴィヴィウムは多くの場合、会員証をもった限定されたグループであり、非会員を除外する傾向にある。その中では共生を表すようなイベントをやったり、古典的な夕食会をしたり、それ以上のことをしようとはしないものである。 だからといってそれが間違っているとか言うつもりはない。ただスローフードの地域支部は協同作業者を探して、運動の外からも刺激を得て、自分の地域をよく観察して、もっと複雑な仕事をすべきなのではないかと思う。つまりはこれがネットワークを作るということである。これが地域経済を刺激するということなのである。そしてテッラ・マードレのコミュニティを運動の中により多く巻き込むにはどうしたら良いかという案件がある。彼らは我々が今まで保持して来た、多くの人をはじき出したような会員システムを踏襲できないながらも、運動に加わりたいというのである。 解決策はコミュニティの考え方にあると考える。さらにメキシコ大会で地域組織の名称をコンヴィヴィウムからコミュニティとするという歴史的な変更を提案しようと思う。大変な変化であることは私も承知している。しかしすべての組織に対してこのアイディアを提案する。コミュニティという言葉が、我々が何者でありえるかということを良く表現していると思う。多くの場合、地域レベルで我々はすでにコミュニティという定義に達している。例えばオーガナイズを任され、コンタクト先を探し、財政を管理するコンヴィヴィウム・リーダーがいる。または会員がいる。その数が政策的な影響力をあらわすために重要ではあるのだが、その中には教育を求める者、喜び、共生、おいしい食品、生産者との会合などを求める者がいる。生産者自身は農村地域の農民で都市の商業者である。コンヴィヴィウムのイベントに協力するレストラン経営者がいて、伝統に立脚した、地域の食品を使った正しい食生活を指導したりする。地域の知の遺産、地域の歴史、食教育、味覚教育にかかわっている大学関係者や学校関係者がいる。プロジェクトの実現に重要なサポートをしてくれる行政や個人サポーターが存在する。ジャーナリストや環境団体などコミュニケーションの専門家たち、新しいガストロノミーというアイディアに賛同するすべての人がいる。多くの場合、これらの人々はスローフードの会員でもない。単に賛同してくれた人々、日常の仕事によって我々と同じ目的意識を持っていた人々だったりする。 すべての人が会員であれば理想的だが、コンヴィヴィウムの拡大形であるコミュニティは、すべての人を包み込み、アイデンティティを共有して、地域の誇りを持って、自分の地域に持続性と繁栄のあるシステムを作り上げたいという希望によってつなぎ止められるだろう。コンヴィヴィウムの未来における役割は、各種コンタクト先をさがしたり、この地域組織とのコラボレターを探したり、地域経済を実現するような、本当の意味でのコミュニティに変化させることにある。 コンヴィヴィアという名前を公式に変えてしまうべきであるかどうかまだ分からないが、我々の意図を強くアピールすることができ、目標への強い後押しとなり、内部における小さな革命は外から見ても我々のしている仕事がどういうものであるかをクリアーに伝えてくれる。このことはコンヴィヴィム・リーダーの任務を地域レベルで軽減してくれる。そしてたくさんのスローフード・コミュニティが、我々の望む倫理的ネットワークの実現のためのに、より完全な一歩になってくれるだろう。コミュニティという言葉は、コンヴィヴィウムよりも豊かなものに思える。これはいくつかの国で見られる、エリート主義や、地域で唯一の出会いの場になってしまっている会員のための晩餐会とか、一種の袋小路から解き放ってくれるかもしれない。我々が望んでいるものには少し足りない。私がこの提案を持って行ってみようと思う。メキシコでは地域組織の名称をコミュニティに変更しよう。これについて議論し、可能かどうか、または他にもっとよく機能するものがあるかを議論していただきたい。 - 会員制度 コンヴィヴィウムをコミュニティに拡大するということは、より多くの人をその中に巻き込むということである。当然この目標は特に豊かではない国や、農村地域においては、新しい会員制度を導入することで可能になる。残念ながら会員制度の変更(裕福なところ、貧しいところ、その間という3つの種類に分かれるだろう。)は、内部コミュニケーション・システムの再構築も引き起こす。それは各種雑誌によって支え、我々の目的に対して膨大なコストを必要とするが、今となっては過剰な拘束となってしまった。国際本部への負担金も、国によって、国ごとの余裕によって変えることができるような軽い会員制度の提案は、新しい出版物の提案と対応して行く。各国内組織の豊かさに対応した、国際協会に対する経済的協力は、再配分の間接的な様式となり、我々が誇りを持って「グローカル」な存在になることを意味するだろう。 - 雑誌とニュースレター よりフットワークの良い、軽くて世界中の国に対応できるシステム構築の鍵は、6カ国語に訳された国際雑誌「スローフード」のシステムを変えるところにある。現在財政的にも、おそらくは政策的にも、無関心ではいられない拘束物となっている。世界中に協会会員を増やすために重要すぎるほど役立って来たし、優雅なグラフィックと実現されたトピックで、運動内部でアイディアを流布するのに今まで良く機能してくれた。そのコストは途方もなく大きく、現在の会費を維持することを余儀なくさせている。 民主主義的な発展を妨げているかもしれない。現行のシステムで会員になれないすべての人を、内部の議論やコミュニケーションから除外しているからである。国内組織の役割は、持続的な経済を念頭に置きながら、国内組織が監修して、国際レベルのものも取り込んだ、「地域」を表現するニュースレターや、雑誌を発行するための、スポンサーや人材を見つけることである。地域レベルのイベント案内などが載って、国際機関が準備する世界共通の部分があるベースとなるニュースレターを考えている。このニュースレターはそれぞれの国の可能性に合わせて、より豊かなものにすることもできる。すべての国に共通のベースが必要と考える。それによって多くの言語に訳することができるし、より民主主義的なシステムを採用することができる。このことは経済的な負担を大幅に軽減し、一方では会費を軽減することができ、ネットワーク内部でのより良いコミュニケーションを約束してくれる。 これはスローフード出版局が協会に対して何も出版しなくなったということではない。もう一つの提案は、年3回のスローの出版の代わりに、いままで我々が親しんだようなクオリティを保った、比較的厚い1冊の出版物を制作するというものである。それはスローフード年鑑とでも呼べるものである。一種の本のようなもので、あらゆる言語に翻訳されたもの。可能であれば数百人の会員がいる国の言語であっても。スローフード年鑑は年末に会員に届き、一年間に行なわれた活動、目標、未来における活動計画についての集大成になっている。それはコミュニティの情報を満載したもので、どのような生活を送っているか、実現されたプロジェクトの小目録、サローネやテッラ・マードレなどの大きなイベントのレポート、または2003年のナポリ大会で採決した、実現することのなかったアイディアを推進する機会にもなるだろう。それは歴史的な店、ガストロノミーに貢献のあった人物を認証するプロジェクトである。具体的にはコーディネートをするために、ブラへ最小人数のミクロな事務局を設けることを考えなくてはならない。 このプロジェクトは、地域コミュニティと「スローな知」という視点から、現在新しい強い意義をもっており、もちろん実行に移すべきである。スローフード年鑑は運動にアイデンティティを与えてくれ、一年ごとにどんな活動をしたか、していこうとするのかを知らせてくれる。コミュニティについて、功労者について、保護すべき場所について、生物多様性の保護のための我々の戦いについて、代替経済について語ってくれるだろう。 我々の運動の中に存在する文化的多様性、豊かさを表現するために、どれだけの言語にすることができるかを考える必要があるだろう。年鑑はこのように、地域ニュースレターの発達と、世界の会員の状況に合致した新しい会員管理のシステムに支えられる。 9) 人生を取り戻そう! この書類に書いた提案・主張は、仰々しく思われてしまったかもしれないが、夢をみることに、大きなスケールで考えることに慣れている者は驚いてはいけない。これらは我々の未来の活動がフォーカスしてゆくものであると確信している。この書類は何よりもアイディアを実行に移す方法を見つけるだけではなく、協会がなろうとしているものへ機能させてゆくために、協会を再構築するためにの刺激剤となるものである。これは十字架を負うような義務ではなく、我々の前にどれほどの新しい展望が控えているかということを考えていただきたいということである。これらの要求にはそれぞれのコンヴィヴィウム(またはコミュニティ?)から、一度にということではなく、賢明なスローな平静心のもとに答えていただくようになるかもしれない。私の提案は概要であり、もちろん皆と一緒に考えて行くべきものである。 しかしこの書類でもう一度主張したいのは、スローフード内の異なった民族間の、国際性と友好関係である。この協会の唯一の特徴がきちんと表現されるように、運動の発展のために重要な推進力となってくれることを望んでやまない。大地を、月を、豊かさを取り戻そう。人生を取り戻そう! これこそ11月にメキシコにもってゆくスローガンになりえる。ある意味でここに表現しようとしたすべての望み、アイディア、プロジェクトのすべてが入っている。我々の行動の最終目標、食科学の最終目標を忘れてはならない。それは幸福の追求である。 |
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